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梅雨寒のロックンフォークは熱いこと



 2012年6月9日、ライフデザイン・プロジェクト#8「うちくる」として、サルーキ=ワンマンライブを行いました。
 サルーキ=は日頃から福祉施設や老人ホームを精力的に回って、「ロックンフォーク」で聴く者の魂に火をつけている素敵なバンド。
 メンバーのひとり、ドラムのすーさんがうちの会社で働いていることもあり、「ロックの日」にちなんで立ち上げたこの企画。
 これはよく、なじみの「障害者」から聞く話なんだけれど、「障害者」という表現でひとくくりにされると、そのたびに個性が失われて、それぞれが違う考え方や趣味やスタイルを持っているという、ほんとうに当たり前の事実が忘れ去られてしまう。
 たしかに「福祉イベント」のような催しは、それはそれで有意義で大切な機会だけれど、運営上、どうしても同じようなものになりがちで、「障害者のための」とか、「福祉とはなにかとか」、堅苦しい大義名分が前面にあっての内容になってしまう。そのなかで、参加者も主催者も楽しもうとはしているけれど、「娯楽」として用意されているのは、ほんとうに言葉は悪いけれど、見方によっては、「子供じみた」ものばかり。
 普通に考えれば当然のことなのだけれど、「健常者」がそうであるように、ひとくちに「障害者」といっても、まじめな人もいれば、ふまじめな人もいる。明るい人もいれば、暗い人もいる。前向きな人もいれば、後ろ向きな人もいる。肌が白い人もいれば、黒い人もいる。背が低い人もいれば、高い人もいる。太っている人もいれば、やせている人もいる。
 静かで穏やかな癒しの音楽が好きな人もいれば、ガンガン・ノリノリ(っていう言い方もいまどきなんだけど、笑)のハードな音楽が好きな人もいる。
 これもまたよくある話だけれど、たとえば「音楽療法」として、あるいは純粋な趣味で、クラシック音楽を生で聴かせたい、あるいは聴きたいという希望があっても、現実には「障害者」が会場に出向くと、白い目で見られることがある。演奏の途中で声を出してしまったり、自然と体が動いてしまったりする人の場合は、とくにそうだ。
 その点、ロックは、観客も騒ぐのが当然。いや、曲に乗らず、しら〜っ、としているほうが、まわりから白い目で見られる。問題は会場への移動手段になるわけだけれど、ライブハウスというのはたいてい(とくにこぢんまりした渋いところだと)、地下にあったり、エレベーターがなかったり、トイレもせまかったり、場所自体わかりにくいところにあったりと(またそれがかっこいいところでもあるんだけど)、車椅子で移動する以外にない者にとっては、豪勢な大ホールよりも実際、「敷居が高い」。
 ライブハウスでロックを聴きたい。
 そういう一見ささやかだけれど、非常に大切なもの。とても小さくて低いハードルに見えて、じつはとても大きくて高いハードルを、なんとか越えられないか、少なくとも、越えようとする試みができないか、との思いで、僕らは日頃から応援している「ロックンフォーク」バンド、サルーキ=の賛同を得て、第一歩を踏み出すことにした。
 ライブ会場に選んだ場所は、下北沢のCLUB251、下北沢では有名なライブハウスで、駅から近いし、地下だけれどエレベーターがあるので、車椅子でも入れる。事前の下調べでも、「箱」自体、中にはさほど段差はない。トイレも、常備する複数のスタッフの介助があれば、可能だろう。
 ただ、実際、会社の人間は、さすがにロックのライブを企画した経験がある者はいないし、サルーキ=のメンバーでスタッフでもあるすーさん、そしてサルーキ=のほかのメンバー・スタッフの方々の知恵や手助けがなければ、「一介護事業所」でもある動き出したばかりの会社が、大勢の人数を巻きこむワンマンライブの企画など実行に移せなかったかもしれない。
 でも、僕らには心がある。しかも、スタッフみんなの心は、基本的に、笑、熱い。
 いまどき、「熱い魂」なんて、それこそ暑苦しいだけだなんて、言われるのかもしれない。梅雨だし、これから、節電の夏だし、笑。
 でも、それでも、僕らは正しいと思ったこと、そしてそれはきっと楽しいだろうと思ったことは、したいのだ。
 だから、たんに、それを、するまでのこと。
 今回、当日はあいにく、梅雨寒の雨。それでも、約ひと月前からという土壇場ではあったけれど、事前にフライヤーを施設に置かせてもらったり、直接手で配ったり、ホームページやブログで宣伝したり、当日の会場の飾りつけに関しても、自分らなりにできることはした。普段からお世話になっているいろいろな方々に声をかけ、その方々の協力があったからこそというところも実際、かなり大きいだろう。
 名目としては自分たちがプロデュースした企画だけれど、自分たちだけで見事にやり遂げたという意識は、スタッフの誰ひとりとして持っていない。その手の「おごり」を持つということは、そもそもこの企画を成功させようという最初の意志とは、真逆だからだ。
 先ほども言ったとおり、ロックのライブ(とくに主催側)に関しては、みんなが素人。でも、やりたいという強い意志があれば、おのずと賛同してくれる人が現れ、その人たちと手を取りあって、とても素敵な体験が共有できるという事実を、僕らはあらためて、この日、サルーキ=の音楽を全身で聴きながら、知った。
 最前列にずらっと並んだ車椅子に乗って、車椅子ごと体を揺らして腕を振り回して雄たけびを上げる、二十歳の青年。その隣に敷いたマットレスの上にねっ転がって音楽を感じ、弾けんばかりの笑顔を見せてくれた、やはり同年代の彼女。そのうしろでは(文章もここまでくれば、もう「健常者」という表現すら、ばからしくなってくるのだけれど)みんなが総立ちになって、ボーカルの力強い歌声、ギターの爪弾き、キーボードの音色、ドラムのリズムに乗って、手を叩き、踊っている。
 そういう光景を前から横から後ろから、そしてそのただなかに交じって目の当たりにできるという、めったに得られない至福。
 それが、2012日6月9日に、僕らが感じた、感動だ。
 なんか、文、熱いね、やっぱり、笑。
 いずれにしろ、僕らはようやく、一歩を踏み出したにすぎない。すべては、ここからだ。
 実際にやってみて、反省点は山ほど見つかった、でも、一方で、悔いはかけらもない。
 そしてそう思える日となったのは、なにより、この企画にかかわってくれたすべての方々、バンドのメンバーやスタッフ、当日雨に降られながらわざわざ足を運んでくれた方々、そしてロックの、おかげだ。
 あの日頬を伝った素敵な涙の、一滴一滴を、思うたび、僕らはあらためて目頭が熱くなる。
 あの経験ができたのと、できなかったのでは、これから続く道は、確実に違っていただろう。
 こんなふうにして、僕らは、どんな形でも共につながりながら、つぎへ、つなげていきたいと思っている。

 M

 画像をクリックすると、当日の様子がアルバムでごらん頂けます。
 サルーキ=のウェブサイトはこちら、http://saluki.tv/top.html

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2012.06.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 活動記録



6月2日、土曜日、目黒区の碑文谷公園にて、ご利用者様といっしょに乗馬セラピーに参加してきました。
区内で最も古い公園のひとつに数えられているこの公園には、弁天池でボート遊びができたり、兎や山羊などの小動物とふれあったりできる小動物園もある。その一角にある門を入ると、そこは馬場。
ここ数か月、予約は入れてあるのだけれど、当日になると雨だったり馬場の状態が悪かったりして、延期が続いていた乗馬セラピー。
今日は暑くも寒くもなく、日差しもさほど強くなく、絶好の乗馬日和。
草食動物で、本来群れで行動する馬は温厚で、心優しい生き物。人間とのつきあいの歴史も長い。
〈NPO法人ホース・フレンズ〉http://www.horse-friends.org/によれば、ドイツでは健康保険が適用されているほど、 欧米では乗馬療法として古代ギリシャの時代から長い歴史を持っているという。
たしかに、実際、テレビや写真で見るのと、目の前にするのとでは、まったく違う。
小柄なポニーでも、しっかりした体つきをしているので、その存在感に感動。
そこに馬がいるだけで、空気が違う。
「アニマルセラピー」という言葉をよく耳にするようになって、人間のよきパートナーである犬や猫、あるいはイルカといっしょに遊ぶ効果もひんぱんに取り上げられているが、「馬との対話」によるセラピーはまだまだ知られていないのかもしれない。
忙しない日常のなかで、静かにゆっくりと心を通わせる機会をなかなか得られないのは、「障害者」も「健常者」も同じ。
同行させてもらった自分も、すっかり馬に夢中になって、つぎの日には競馬に行きたくなりました(って、方向、違ってるかっ)。

先日の乗馬セラピーの模様は画像をクリックするとごらん頂けます。

すずめの子そこのけそこのけお馬が通る 小林一茶

M

2012.06.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 活動記録

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